仁 和 寺 の 歴 史

    仁和寺の開創
 仁和寺の歴史は第58代光孝天皇によって、先帝の菩提を弔い、仏法の興隆を図るため「西山御願寺」(にしやまごがんじ)と称する一寺の建立を発願されたことに始まります。
 しかし、天皇はその工事なかばにして崩御せられ、次の宇多天皇が先帝の御意志を継がれ、仁和4年(888)にその造営を完成されました。「御願寺」と称する寺院は、皇室の私寺をいいますが、西山御願寺は完成と共に、先帝から受け継がれた「仁和」の年号をもって寺号と定められ、大内山仁和寺(おおうちやまにんなじ)と呼ばれるようになりました。
 創建当時の仁和寺が、どの様な規模の寺院であったかは、当時の正確な記録が残されていないので定かではありません。

    宇多天皇

  

 仁和寺の御開山、第59代宇多天皇(867〜931)は、先帝の崩御に伴い、御年21歳で即位されました。
 当時日本の政治は藤原一門に独占されていましたが、かつてのように天皇が自ら政治を行う天皇親政に改められました。
 また、その一方では、菅原道真を登用し、道真の進言により永らく続いた遣唐使の制度を廃止されるなど、我が国の歴史に残る改革を進められました。
 寛平9年(897)7月、在位10年にして醍醐天皇に譲位、昌泰2年(899)10月には東寺長者益信(やくしん)を戒師として出家、宇多法皇となられました。
 延喜4年(904)になると、仁和寺に法皇の御所である御室(おむろ)を建立され、承平元年(931)7月、65歳で崩御されるまで、この御室御所に住まわれることになりました。
 仁和寺では、宇多法皇を寛平(かんぴょう)法皇と申し上げております。

    門跡寺院
皇族や貴族などが出家して住まいする特定の寺院のことを指し、またその寺院の住職のことをいいます。
 「門」とは元来天皇を意味する言葉です。
 宇多天皇が出家して仁和寺に入られたのをもって最初といたしますが、その後の住職のことを「門跡」(もんぜき)と呼ぶようになりました。
 室町時代には寺格を表す語となり、江戸時代になると、宮門跡・摂家門跡・准門跡に区分して制度化されました。
 仁和寺では、開山宇多法皇以来約1000年の間、明治維新時の第30代純仁(じゅんにん)法親王まで、皇子・皇孫が仁和寺の門跡を務められました。
 このことにより仁和寺は、門跡寺院の筆頭とされ、御室御所と呼ばれるようになったのです。


    応仁の乱と仁和寺の再興
平安時代の中期から鎌倉時代にかけて皇室の尊崇と貴族の庇護を受けた仁和寺は、大きく栄えることになりました。
 当時の仁和寺は子院も含めて70有余を数えるという大伽藍で壮観を極め、寺域も大内山から双ヶ丘に至る南北4キロ、東は衣笠山から西の広沢の池まで8キロという広大なものであったといわれています。
 ところが、鎌倉時代も後半を迎える頃になると、貴族に替わって武家が台頭し、仏教も禅宗が盛んになると、真言宗はかつての栄光を失っていきました。
 そして、応仁元年(1467)に始まった応仁の乱によって、仁和寺は一山ことごとく焼失するという悲運に見舞われたのです。
 応仁の乱が始まった翌年、当時仁和寺は西軍の陣になっており、9月4日にいたって東軍の焼き討ちに遭い、わずか一夜にして70余の子院を含め、そのことごとくが焼失することとなりました。
 仁和寺の再建については、その後努力が重ねられましたが、なかなか思うようには実現しなかったのです。
 仁和寺は「御願寺」として高い格式を誇っていましたが、庶民の信仰を集めた寺院でなかったのが災いし、広く寄付を集めることが出来なかったのです。
 仁和寺は双ヶ丘の西麓に仮御所を設け、ようやく法灯を護持するという状態が永く続きました。
 応仁の乱から百数十年の後、徳川三代将軍徳川家光の時代になって、今日見られるような仁和寺として再興されるところとなりました。
 丁度その頃、京都御所を再建する時期に当たっていたので、京都御所から現在仁和寺金堂になっている「紫宸殿」ほか、多数の建造物と金20余万両の再建資金を幕府から得て仁和寺の再興がなされたのです。

年表
和暦 西暦 仁和寺の出来事 参考事項
大和 1 806   天台宗公認される。空海、唐より帰国
元慶 8 884 光孝天皇即位  
仁和 3 887 光孝天皇崩御  
仁和 4 888 8月、宇多天皇、西山御願寺(仁和寺)の金堂を真然に供養させ、先帝の周忌御斎会を行う  
寛平 2 890 12月、幽仙を仁和寺別当に補任する。仁和寺別当の初例  
寛平 9 897 7月、宇多天皇退位し、醍醐天皇即位  
昌泰 2 899

10月、宇多上皇、益信に随って落飾。

11月、宇多法皇、東大寺で益信に戒を受ける

 
延喜 1 901 8月、光孝天皇周忌により宇多法皇、法華八講を修す
12月、宇多法皇、益信より東寺灌頂院で伝法灌頂を受ける
菅原道真、太宰権帥に左遷される
延喜 4 904 宇多法皇、仁和寺に御室を造営して移り住む  
延喜 6 906 朱雀院、仁和寺に行幸する  
承平 1 931 7月、宇多法皇、仁和寺御室に崩御  
天暦 5 951 3月、仁和寺観音院供養を行う 醍醐寺五重塔成る
天暦 6 952 朱雀法皇、仁和寺に移る
8月、寛空、仁和寺別当になる。朱雀法皇崩御
 
天徳 1 957 仁和寺桜会を行う  
康保 4 967 6月、寛朝、仁和寺別当になる  
永観 1 983 3月、寛朝、仁和寺円融院供養する  
寛和 1 985 2月、上東門院彰子(一条天皇中宮)仁和寺観音院を再造供養する
8月、円融上皇、寛朝を戒師とし落飾する
源信、『往生要集』著わす
永祚 1 989 10月、寛朝、遍照寺供養する  
正暦 2 991 円融法皇崩御  
長徳 4 998 済信、仁和寺別当になる  
寛弘 1 1004 雅慶、東大寺並びに仁和寺別当になる  
治安 3 1023 3月、性信親王、済信に両部伝法灌頂を受ける  
長元 3 1030 6月、前長者北院大僧正済信遷化する  
治暦 4 1068 2月、性信法親王、禁中で後冷泉天皇のために孔雀経法を修する
5月、後冷泉天皇の御遺骨、仁和寺に納まる
 
延久 5 1073 4月、後三条院、性信法親王を戒師とし落飾する  
承保 2 1075 1月、信覚、仁和寺別当になる  
永保 3 1083 2月、聡子内親王、後三条天皇のために大教院創建。2月、六条院孔雀経法結願。勧賞を以って性信法親王二品に叙せられる  
応徳 2 1085 2月、覚行、北院で性信法親王に従って出家、3月、受戒する  
康和 1 1099 覚行法親王、百口の僧を以って百万遍尊勝陀羅尼供養を修する  
康和 3 1101 3月、覚行法親王、禁中で僧六十口により大般若経を転読する  
康和 4 1102 3月、覚行法親王、三品に叙せられる  
長治 1 1104 7月、獅子王宮、仁和寺成就院で覚行法親王に従って出家する  
長治 2 1105 5月、太宰帥藤原季仲、覚行法親王の命を奉じ使を高麗に遣して釈論通玄抄、同賛玄疏を求める  
嘉承 2 1107 覚鑁、慶照に伴われて仁和寺に入る  
永久 1 1113 3月、堀河天皇の御遺骨を仁和寺円融院に納める  
元永 2 1119 4月、仁和寺金堂、東西廻廊、鐘楼、経蔵、三面僧房、観音院、灌頂院等八宇焼亡する。12月、金堂供養  
宝安 2 1121 観音院、灌頂院、仏母院供養する。9月、覚鑁、成就院に於て伝法灌頂を寛助に受ける  
大治 5 1130 10月、法金剛院供養。鳥羽上皇、皇后待賢門院御幸する  
保延 6 1140   佐藤義清(西行)出家
康治 1 1142 2月、待賢門院、仁和寺法金剛院に於て出家する。法名真如法。
3月、鳥羽上皇、東大寺に於て、覚法法親王より戒を受ける
 
久安 3 1147 4月、覚法法親王、観音院で伝法灌頂を覚性法親王に授ける 法然、叡山で皇円につき出家
保元 3 1158   後白河院政はじまる
長寛 2 1164   崇徳上皇歿
仁安 2 1167 12月、覚性法親王総法務に、綱所を賜う  
仁安 3 1168 4月、守覚、観音院で伝法灌頂を覚性法親王に受けられる 栄西、重源、宋から帰る
治承 2 1178 10月、守覚法親王、建礼門院(高倉天皇中宮)御産御祈のため孔雀経法を六波羅蜜亭に修する。(11月、安徳天皇誕生)  
文治 1 1185 道法法親王、六勝寺検校になる 壇ノ浦の合戦、平氏滅亡
文治 2 1186 10、守覚法親王、東寺経蔵より三十帖冊子を仁和寺大聖院経蔵に移す 法然、大原で念仏法論(大原問答)
建久 3 1192   後白河法皇歿。源頼朝、鎌倉幕府を開く
建久 6 1195 2月、守覚法親王総法務に、綱所を賜う 東大寺再建の供養
建仁 2 1202   建仁寺の創建
元久 2 1205 3月、宣陽門院(後白河天皇第六皇女)道法法親王に従って出家する 『新古今集』成る
建暦 2 1212 10月、道助、観音院に於て伝法灌頂を道法法親王に受ける 鴨長明、『方丈記』を著わす
建保 5 1217 道助法親王、総法務に綱所を賜う  
寛喜 2 1230 道深法親王、観音院に於て伝法灌頂を道助法親王に受ける  
寛喜 3 1231 9月、道深法親王総法務に、六勝寺検校になる 道元、『正法眼蔵』の執筆をはじめる
寛元 1 1243 12月、法助、観音院に於て伝法灌頂を道深法親王に受ける  
正嘉 2 1258 12月、性助法親王総法務になる  
弘長 1 1261 12月、性助法親王、観音院に於て伝法灌頂を法助に受ける  
建治 2 1276 性助法親王、蒙古調伏のため孔雀法を仁和寺大聖院に修する 一遍、時宗を開く
弘安 1 1278 道融、仁和寺別当になる  
弘安 4 1281 「助、仁和寺別当になる 弘安の役
弘安 6 1283 性仁法親王、観音院に於て伝法灌頂を法助に受ける  
弘安 7 1284 開田院准三后法助遷化  
弘安 9 1286 12月、性仁法親王総法務に綱所を賜う  
永仁 2 1294 11月、深性法親王、観音院に於て伝法灌頂を性仁法親王に受ける  
永仁 5 1297 10月、深性法親王総法務に、綱所を賜う 永仁の徳政令
嘉元 2 1304 4月、性仁法親王、一品に叙せられる  
徳治 2 1307 後宇多院、仁和寺禅助を戒師として落飾する  
応長 1 1311 5月、禅助、仁和寺別当になる  
嘉暦 1 1326 法守法親王、仁和寺大聖院に於て伝法灌頂を禅助に受ける この頃、吉田兼好『徒然草』を著わす
延元 1
建武 4
1337 法守法親王総法務に、六勝寺検校になる  
正平24
応安 2
1369 9月、大風雨あり、仁和寺円宗寺・観音院・真言院等倒れる  
天授 4
永和 4
1378 12月、永助法親王、大聖院に於て伝法灌頂を法守法親王に受ける。大聖院御所炎上  
応永31 1424 10月、承道法親王、菩提院に於て伝法灌頂を永助法親王に受ける  
永享 3 1431 後小松上皇、一品永助法親王を戒師とし落飾する  
長禄 1 1457 12月、静覚法親王、伝法灌頂を禅信に受ける  
応仁 1 1467 静覚法親王、兵火を遁れて高野山に籠る 応仁の乱起こる
応仁 2 1468 9月、応仁の乱、東軍、仁和寺に西兵を攻めてこれを焼く。仁和寺堂塔炎上する  
永正13 1516 12月、覚道、法金剛院に於て伝法灌頂を尊海に受ける  
天正19 1591 9月、豊臣秀吉、仁和寺に八百六十石の朱印を付す  
慶長15 1610 9月、覚深法親王、真光院に於て伝法灌頂を晋海に受ける  
元和 3 1617 9月、徳川秀忠、仁和寺に千五百石の朱印を付す 天海、東照宮を建立
寛永10 1633 11月、覚深法親王、将軍家のために仙洞御所で薬師法を修する  
寛永11 1634 7月、覚深法親王、仁和寺諸堂伽藍の再興を計る  
寛永18 1641 2月、幕府、木下淡路守利富、青木甲斐守重兼を仁和寺再興奉行に命ずる  
正保 3 1646 10月、覚深法親王、旧地を拓いて仁和寺伽藍を再造する この頃、仁清、御室に来住する
明暦 3 1657 2月、性承法親王、伝法灌頂を信遍に受ける  
元禄 8 1695 3月、徳川綱吉、寛隆法親王のために易経を講ずる  
元禄12 1699   乾山、仁和寺宮の許しを得て、泉谷の地に窯を築く
享保11 1726 3月、守恕法親王、伝法灌頂を自性院大僧正孝宥に受ける  
享保19 1734 2月、仁和寺に弘法大師九百年遠忌を修する  
宝暦 2 1752 3月、覚仁法親王、伝法灌頂を尊寿院隆幸に受ける  
明和 5 1768 9月、紫金台寺御室覚性法親王、六百年遠忌舞楽曼荼羅供を仁和寺に修する  
安永 4 1775 3月、深仁法親王、伝法灌頂を真乗院宥証に受ける  
安永 9 1780 3月、寛平法皇八百年忌勅会曼荼羅会を修する  
文化10 1813 3月、済仁法親王、伝法灌頂を禅証に受ける  
天保11 1841 済仁法親王、大宮御所に於て、新清和院落飾戒師を勤める 天保改革
慶応 1 1865 3月、純仁法親王、勅会伝法灌頂を受ける  
慶応 3 1867 12月、仁和寺純仁法親王復飾する 大政奉還
慶応 4 1868 鳥羽伏見の戦い(戊辰戦争)はじまる。1月4日、仁和寺宮嘉彰親王に征討大将軍の宣下がある  
明治20 1887 5月15日、御室御所炎上  
明治21 1888 内務省より金五百円を再建費に交付される  
明治22 1889 5月、再建地鎮祭を修する  
明治33 1900 8月、泉智等仁和寺門跡に任命される。真言宗各派独立別置管長認可。御室派泉智等管長に任ず  
明治35 1902 1月、御室派第一期宗会を開き、宗典宗規を定める  
明治42 1909 3月、黒書院上棟式を挙げる  
明治43 1910 3月、霊明殿を起工する  
明治44 1911 2月、宸殿を起工する  
大正 1 1912 8月、勅使門起工する  
大正 2 1913 5月、勅使門上棟する  
大正 3 1914 4月、宸殿竣工する。11月、仁和寺各殿堂新築工事落成式を挙げる  
昭和 6 1931 開山宇多法皇一千年御忌法会執行  
昭和 9 1934 弘法大師御入定一千百年御遠忌法会執行  
昭和48 1973 11月、宗祖弘法大師御誕生一千二百年法会執行  
昭和56 1981 5月、開山宇多法皇一千五十年御忌法会執行  
昭和59 1984 5月、弘法大師御入定一千百五十年御遠忌法会執行  
昭和63 1988 4月〜5月、仁和寺開創一千百年記念大法会執行  

仁和寺の宝物・文化財

建築 彫刻 絵画 書跡 工芸 考古
建築
国宝 金堂   江戸時代初期
重文 二王門   江戸時代初期
重文 中門   江戸時代初期
重文 五重塔   江戸時代初期
重文 鐘楼   江戸時代初期
重文 御影堂   江戸時代初期
重文 九所明神本殿 三棟 江戸時代初期
重文 観音堂   江戸時代初期
重文 経蔵   江戸時代初期
重文 本坊表門   江戸時代初期
重文 飛濤亭   江戸時代
重文 遼廓亭   江戸時代
彫刻
国宝 阿弥陀三尊像 三躯 平安時代前期
国宝 薬師如来坐像 一躯 平安時代後期
重文 四天王立像 二躯 平安時代後期
重文 吉祥天立像 一躯 平安時代後期
重文 愛染明王坐像 一躯 平安時代後期
  持国天立像 一躯 平安時代後期
重文 文殊菩薩坐像 一躯 鎌倉時代
重文 悉多太子坐像 一躯 鎌倉時代
  男神像 二躯 鎌倉・室町時代
  観音菩薩坐像 一躯 南宗時代
絵画
国宝 孔雀明王像 一幅 北宗時代
重文 八幡神影向図 一幅 鎌倉時代
  釈迦十六善神像 一幅 南北朝時代
  薬師十二神将像 一幅 室町時代
  普賢十羅刹女像 一幅 鎌倉時代
  普賢延命像 一幅 南北朝時代
  虚空蔵菩薩像 一幅 南北朝時代
  大威徳明王像 一幅 鎌倉時代
  不動明王像 一幅 室町時代
  四大明王像 二幅 室町時代
  妙音天像 一幅 室町時代
  仏涅槃図 一幅 室町時代
  熊野曼荼羅図 一幅 南北朝時代
重文 別尊雑記 五十七巻 平安時代後期〜
南北朝時代
重文 四天王図像 一巻 平安時代後期
重文 十二神将図像 一巻 平安時代後期
重文 弥勒菩薩画像集 一帖 平安時代後期
重文 密教図像 十五面 平安時代後期〜
鎌倉時代
重文 唐本曼荼羅図 二巻 平安時代後期
重文 高僧図像 一巻 平安時代後期
重文 聖徳太子像 一幅 鎌倉時代
  弘法大師像 一幅 室町時代
  本覚大師(益信)像 一幅 桃山時代
  宇多法皇像 一幅 室町時代
  宇多法皇像 一幅 桃山時代
  守覚法親王(喜多院御室)像 一幅 鎌倉時代
  賢聖障子絵 狩野孝信 筆 二十面 桃山時代
  唐人物図 狩野孝信 筆 襖四面 桃山時代
  架鷹図 曽我直庵 筆 六曲屏風一双 桃山時代
  雀図 松花堂昭乗 筆 一幅 江戸時代
  車争い図 土佐派 六曲屏風一双 江戸時代
  観音・山水図 狩野常信 筆 三幅 江戸時代
  深山大沢図 円山応挙 筆 六曲屏風一双 江戸時代
  寒鴉図 円山応挙 筆 一幅 江戸時代
  花鳥図 宋紫石 筆 三幅 江戸時代
  雪竹図 谷文兆 筆 襖四面 江戸時代
  夏景山水図 原在中 筆 襖四面 江戸時代
  花鳥図 原在中 筆 八曲屏風一隻 江戸時代
  梅楓図 岸駒 筆 六曲屏風一双 江戸時代
  春秋山水図 東東洋 筆 二幅 江戸時代
  石山寺縁起絵巻模写 伝谷文晁筆 七巻 江戸時代
  墨竹図 李元達筆 二幅 明時代
  五百羅漢図 一幅 明時代
  群仙図 三幀 清時代
書跡
国宝 三十帖冊子 三十帖 平安時代前期
重文 十地経・十力経・廻向輪経 二帖 平安時代前期
重文 法華玄義 巻第二、第八 二帖 唐時代
重文 尊勝陀羅尼梵字経 一帖 唐時代
重文 理趣釈 淳祐筆 一巻 平安時代前期
重文 孔雀経 二巻 平安時代前期
重文 如意輪儀軌 一巻 平安時代前期
重文 秘密曼荼羅十住心論 十巻 平安時代後期
重文 般若理趣経 後京極良経筆 一巻 鎌倉時代
重文 無常講式 後鳥羽天皇作 一巻 鎌倉時代
  紺紙金字法華経 八巻 鎌倉時代
  細字法華経 二十五帖 平安時代後期〜
鎌倉時代
  細字孔雀経 一巻 鎌倉時代
  細字理趣経 一巻 鎌倉時代
  細字梵字大随求陀羅尼 一巻 鎌倉時代
  細字梵字大仏頂陀羅尼 一巻 鎌倉時代
  細字法華経(刊本) 一巻 室町時代
重文 淡紫紙金泥般若心経 桜町天皇宸翰 一巻 江戸時代
重文 紺紙金泥薬師経 光格天皇宸翰 一巻 江戸時代
重文 高野御室消息 一通 平安時代後期
  華厳院宮法印消息 一通 平安時代後期
  返事案 二通 平安時代後期
重文 孔雀明王同経壇具等相承起請文 一巻 平安時代後期〜
鎌倉時代
国宝 御室相承記 六巻 鎌倉時代
国宝 高倉天皇宸翰消息 一幅 平安時代後期
   附守覚法親王消息 一幅 平安時代後期
国宝 後嵯峨天皇宸翰消息 一幅 鎌倉時代
重文 後宇多天皇宸翰消息 一幅 鎌倉時代
  後宇多天皇宸翰消息 一幅 鎌倉時代
重文 後醍醐天皇宸翰消息 一幅 鎌倉時代
  後醍醐天皇宸翰消息 一幅 鎌倉時代
重文 承久三、四年日次記残闕 一帖 鎌倉時代
  明月記(十一紙) 藤原定家筆 一巻 鎌倉時代
重文 貞観寺根本目録 一巻 平安時代前期
重文 法勝院田地公験紛失状 一巻 平安時代後期
国宝 医心方 五帖 平安時代後期
平安時代に著された日本最古の医書で、このうちの5帖が仁和寺に残されています。
国宝 黄帝内経明堂 巻第一・二巻   鎌倉・南北朝時代
国宝 黄帝内経太素 二十三巻 平安時代後期
国宝 新修本草

五巻

鎌倉時代
黄帝内経は中国の古文書で、「太素」は平安時代の写本として23巻。「明堂」は2巻が残されています。
新修本草は薬学の書で、鎌倉時代の写本が5巻伝わっています。
これらはいずれも、中国に原本が残されていない極めて貴重な書籍です。
重文 万葉集註釈 九冊 南北朝時代
重文 日本図 一鋪 鎌倉時代
工芸
国宝 宝相華蒔絵宝珠箱 一合 平安時代前期
国宝 宝相華迦陵頻伽蒔絵そく冊子箱 一合 平安時代後期
重文 住吉蒔絵机 一基 桃山時代
重文 日月蒔絵硯箱 一合 桃山時代
  菊蒔絵箪笥 一基 桃山時代
重文 銅三鈷鈴 一口 元〜明時代
重文 銅三鈷鈴 一口 元〜明時代
重文 銅九頭龍鈴 一口 元〜明時代
重文 金銅都五鈷杵 一口 鎌倉時代
重文 金銅火焔宝珠形舎利塔 一基 鎌倉時代
  糞掃衣断片 一面 平安時代後期
  吉祥花果文様裂断片 一面 平安時代前期
重文 宝珠羯磨文様錦横被 一領 鎌倉時代
  糞掃衣 一領 室町時代
  唐物嶋手茶壺 一口 十六〜七世紀
  唐物芋頭双耳茶入 一口 十六〜七世紀
  黒褐釉肩衝茶入 仁清作 一口 江戸時代
  禾目天目碗 一口 宋時代
  竹一重切花入 銘布瀑 江月作 一口 桃山時代
重文 色絵瓔珞文花生 仁清作 一口 江戸時代
  象嵌青磁写菊鶴文鯉耳花生 仁阿弥作 一口 江戸時代
  御本桐紋沓茶碗 仁阿弥作 一口 江戸時代
  銹絵芒文茶碗 一方堂作 一口 江戸時代
  斑釉壺水指 高取 一口 江戸時代
  色絵菊流水文水指 和全作 一口 江戸〜明治時代
  紫釉瓜形手焙 了全作 一口 江戸時代
  褐釉絲目風炉 仁阿弥作 一口 江戸時代
  孔雀石盆石 唐金象嵌木瓜形鉢 一組 明時代
  砂張釣舟花入 一口 十六〜七世紀
  古銅つぼつぼ文弦月釣花入 一口 江戸時代
  真鍮輪花卉文菓子盆 一口 十六〜七世紀
  毛織龍文手付四方菓子器 一口 十六〜七世紀
  立花図 四巻 江戸時代
考古
重文 地鎮具(金銅製輪宝・金銅けつ) 一具 平安時代後期
重文 銅筥 一合 平安時代後期
重文 銅板経 百二十枚 平安時代後期
  軒瓦 四個 平安時代中・後期
  緑釉瓦片   平安時代

仁和寺の場所

御室桜  満開は4月20頃
 
 
 
電車:京福北野線/御室駅下車徒歩約3分
 
市バス:8.10.59.特59 御室仁和寺下車すぐ

="64" WIDTH="13%"> 1918詩人蘇曼殊(蘇玄瑛,蘇子穀,1884-1918)逝
大正7年
1918年
米騒動起こる、シベリア出兵宣言、原敬内閣成立
1919五四運動(the May Fourth Movement)
1919北洋政府曹汝霖(1877-1966)遭彈劾免職
大正9年
1920年
戦後不景気(恐慌襲来)
1921敦沫若(1892-1978)和郁達夫(1896-1945)合創成社
1921推動浪漫主義文學運動
1921嚴復(1853-1921)逝
大正10年
1921年
原首相東京駅で暗殺される、ワシントン会議で日英米仏四カ国条約調印、日英同盟廃棄
1922胡適(1891-1962)推行白話文運動
1922伍廷芳(1842-1922)逝
大正11年
1922年
日本農民組合結成、海軍軍縮条約調印、治安警察法改正
1923曹(1862-1938)
大正12年
1923年
関東大震災、虎の門事件
1924 甲子年
1924國共第一次合作
1924黄埔軍校設立
1924林(1852-1924)逝
大正13年
1924年
第二次護憲運動
1925孫中山(1866-1925)逝
1925廖仲(1877-1925)被殺
大正14年
1925年
普通選挙法が公布、治安維持法公布、日ソ基本条約
大正15年
1926年
健康保険法施行
1927 李大(1889-1927)被殺
1927王國維(1877-1927)自殺,著有[人間詞話] 1928中正(Chiang Kai-shek, 1887-1975)
1928南京國民政府(Nationalist Government)成立
1928張作霖(1875-1928)被殺 1929梁超(1873-1929)逝
1926-1989
昭和
昭和4年
1929年
日本共産党員大検挙(4.16事件)、金解禁令公布
1930台灣霧社抗日事件
昭和5年
1930年
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