天地創生神盤古の伝説

 宇宙が発生する前は全く何も有りませんでした。これを『太虚』と言います。
そして何らかの動きが生じます。現代で言うところのビッグ・バーンですが、このことを「太易」(未だ気を見ず)と言います。この時はボワーッとした濁った空間が形も上下も左右も無くただ広がりがあります。その後この空間の中から、物の形成や機能や状態を作る素になる“気”が生じます。これを「太初」(気の始め),「太始」(形の始め),「太素」(質の始め)と言います。
“気”が生じて来るとボワーッとした濁った空間が、より濁った部分と、より澄んだ部分とに分かれて行きます。濁った部分が“陰の気”澄んだ部分が“陽の気”となり、陰陽の分化が起こります。これを『太極』と言います。やがてある方向を中心に濁った部分と澄んだ部分がはっきりと分かれ始めます。そして1万8千年が過ぎて、濁った部分が固まって“地”となって“下”が定まり、澄んだ部分は広がって“天”となって“上”が定まりました。天と地の間に盤古(ばんこ:道教では元始真人)という神が現れました。盤古の身長は一日に一丈(約3m)づつ伸びたため、盤古は天と地を一日一丈づつ拡げていったそうです。この時に左手にはノミを右手には斧を持って上下をきちんと分断して行ったそうです。地も一日に一丈づつ厚くなりました。
 そしてさらに1万8千年(18,000×365×3=1,971,000m<天と地の距離>)、盤古は死に、息は風雲,声は雷霆,左目は太陽,右目は月,手足と体は五嶽の山々、血潮は河や海に,肉は土壌に,髪やひげは星に、体毛は草木になったそうです。このとき盤古の体に付いていた虫が風邪に吹かれて人になったという説もあります。
 また,手足と体の五嶽とは,頭が東嶽 山東省泰山<1524m>,足が西嶽 陜西省華山<1997m>,左臂(腕)が南嶽 湖南省衡山<1290m>,右臂が北嶽 山西省恒山<2017m>,腹が中嶽 河南省嵩山<1440m>で,東に頭を向けて仰向けに倒れた訳です。
 

古代中国にもあった八百万の神思想

その後この天地の間に、神々が出現する.....

 人を造ったのは、(ニョカ)という女神でした。最初のうちは土に水を混ぜて一つ一つ手で作っていましたが、めんどうなため手抜きで泥の中へ縄を入れて持ち上げ,したたり落ちた泥で大量生産をしました。そのため出来のいい人、悪い人、高貴な人、そうでない人の差が生まれたそうです。しかし(ニョカ)は人に生殖能力を付けて、寿命が尽きても死滅しないようにしました。
 そうして人は自分たちで増えて行けるようになったそうです。

中国の国土が、西が山脈、東が平地という地形にも、理由があります。

 その理由とは、水神の共工(きょうこう)が帝王になるという野心を持ったため、火神の祝融(しゅくゆう)と戦をしました。しかし共工は負けたため,腹いせで西北の果てにある天を支えている不周山に頭を叩き付けて,天を支える柱を折ってしまいました。そのせいで西北の空が低くなり、大地はゆがみ東南が欠けて窪みが出来て,河という河が流れ込み海が出来たそうです。
  ところで八百万の神思想は世界中の原始民族共通の考え方のようです。


 

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