東洋医学漢方理論講座
項目
現代医学で言うところの
自然科学に相当するところ
天・地・人
気・形・質 精・気・神
陰陽 五行
三陰三陽
運気
基礎理論
気血 榮衛
津液 経絡
蔵象 三焦
邪気 精気
虚実 外因内因
感・傷・中
臨床論
四診法

補瀉

八網

漢方理論を初めて学ぶ人の、手助けになれればと思い書きました。
私が漢方理論を学び始めた頃思った事なのですが、
漢方の考え方って何かいい加減というか人を雲に巻くような、語る人の気分で勝手に組立って行く様な大変あやふやな感じがしました。どちらかと言うと私は理系人間的タイプのため特に論説と物の因果関係がはっきりしていないと、絶対に納得出来ないんです。ところが例えば経絡治療は“証”を立てるときに、突然降って湧いたかのような論説で治療を受ける人の身体を分析し始めるんです。
 
結局漢方の考え方がおかしいのではなく、
私達の受けてきた教育が自然科学の考え方を中心に組立てられた「一つの因果関係が理論できれいに説明出来れば、それに付随した原因からは理論的に結果が導き出せる事が正しい」と言う物だったので違和感を覚えた訳なのです。特に戦後、日本は即物的で合理性の有る西洋的な考え方を新しいとして発展してきた訳ですから物理的に解りやすいものほど良い、と言う風潮が強くなっていきました。しかし考えてみるとつい50年位前まで日本だって何千年もの間、迷信じみた考え方をしてきた訳です。別にそれが悪いと言うのではありません。東洋=観念論、西洋=唯物論、良く言われますが西洋にだって天使とか悪魔の様なイメージの産物がありました。天使や悪魔が実在するかどうかは別として、人の心や運命の例えで有った事は確かです。
 
以前、テレビを観ていたらイタリアのある島に大変きれいな湖があって、
その周辺に古くから住む人達の間で「この湖には誰をも詩人にしてしまう天使が住んでいる」と、言う話しをしていました。そういう気分にさせてしまう程綺麗な湖の事を“天使”と言う言葉で語り継いで来たこの人達の思いを感じました。メーターで測ったり直接的な言葉では伝えられない、その人達の思いと言う、幅や奥行きを少なからずや受け止める事が出来ました。
 
漢方とはこういうものだと思います。
本を見て講義を聞いて言葉の意味を学習する事は大切です。でもそれだけではなく臨床家や研究家と触れ合う事で本来漢方が受け継いできた、言葉や論説の奥にある体温を感じて下さい。実技を身に付け人と語り合うことで漢方医学が積み上げてきた英知を少しづつ理解して行ってほしいと思います。


それと、


理論があって、現象を充てはまるのが科学です。
つまり論説に対して再現性を持って立証出来たという事を主義としています。すると一つのことを立証するためには膨大な知識と時間と手間が必要になってしまい、各分野の細分化がされていきます。そしてその細分化された分野の中のさらに一つの法則性の中で、確実に同じ事が起こると言うことを良しとするわけです。それぞれの細分化の集大成が一つの分野となり、それぞれの分野の集大成が全体となり、社会の仕組みを考える基盤となるわけです。
ところが細分化した各専門の分野の知識を全て持たないと、全体統治が出来ないという欠点があります。自然科学主義の現在では専門性は発達するのですが、全体としてながめたときに支離滅裂になる可能性があります。例えば流行の健康法がそうですね。特定の成分がクローズアップされて急に注目されたモノが、ある時には生活習慣病の原因を指摘されて忘れ去られます。医学の中の単に栄養学の分野を見ても、専門が分かれすぎて統治性が低くなり、矛盾的解釈という誤解によって一般に広がったりします。
 
現象があって、後から理論をあてがうのが漢方です。
つまり陰陽論がベースになったいるため、いま目の前に起こっている現象をどの角度から考えるか、と言うことから分析や考察がスタ−トします。陰陽論にはいくつかの法則性があるのですが、そのときの対峙した現象の状態に合わせて、最も論説がスムーズに通るようにその法則性を組み合わせて考えます。ところがこの場合、人の主観が入りやすいと言う欠点があります。そのため声高で権威のある人の意見に流される可能性が出てきます。しかし周囲の環境にその論説の正当性をジャジメント出来る能力があれば、単なる主観の介在を回避できるわけです。
古代中国では知恵のある人を尊重したという経緯は、こんなところからも推察できます。ところが、単に知っているとか理屈を並べるのがうまいとかでは、権威者の主観にまみれた論説を打破するのに弱くて、そのときの全体気分を推察する能力が必要となってきます。それはどんな人かというと‘社会や世相のその時を知る人’や‘民衆の感情の底辺を知る人’なわけですが、この絶妙な空気の読み加減こそが神仙思想です。だからこそ神仙思想から派出した老荘の必要性があったのだと思います。

ここに東洋の曖昧さがあるのですが、こと医学だけ取ってみれば人が生きるということも踏まえての全体把握は、漢方の方がうまいようです。

 

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